更かすが朝もそんなに早くなし、嫌いな事さえしなければ怒られもしず時々は友達みたいに打ちとけて話す事さえあるほどだからあんまりい気持はしないにきまってる。
新らしい女が来れば当分お互にさぐりっこをする、気に入らない事をする、
かんしゃくを押えて一つ一つ細っかい事を教えなければならない、
そんな事を思うと千世子はほんとうにいやになってしまった。
「帰す帰すって云ってとめておこうかしらん。」
こんな事さえ思った。
それでもまさかそんな事も出来ないから遠縁の親類へいつもの注文通り、
二十二三の少しは教育のあるみっともなくないの
をたのんでやった。
も一方先に頼んだ方のが無いと悪いと思ってであった。
父親が帰ってから、さきは、泣いた様な眼をして千世子の書斎に来て千世子の椅子のわきにぴったりと座ってしみじみとした口調で話した。
「ほんとうに私どうしようかと思って居るんでございますよ。」
「何を?」
「今度の話でございますの、
家の者はそりゃあ、乗気で居るんでございますけれど私は何だか気が向かないんでございます。」
「でもお父さんが大丈夫だって云うんならいいじゃあないか。」
「父なんて何がわかるもんでございますか、
人がよくって年中だまされて損ばっかり致して居るんでございますもの。」
「きまったって云ってたよ。」
「ええ、きめてしまったんでございますよ、
私になんか一度一寸話したっきりなんでございます、軍人なんてこわらしい様でございますわねえ。」
「同じ人間だもの、
まさか取って喰おうって云うまいし。」
「でも何が何だかわかるもんでございますか。
男なんて、
女をだます事を商売にして居るんでございますもの、
ほんとうにどうしたらいいかと思って居るんでございます。」
「行った方がいいだろうよ、
まだ十代なら何だけど――
もう五なんだろう。」
「はい。」
「そいじゃあどうしたってその方がいいよお前、
それにかなり年を取った人だって云うもの。」
「でもほんとうに一度も顔さえ見た事のない人の所へなんか参るのは安心されない気持がするんでございます。
先の『何』なんかは小さい時っからしたしくして居て私の体の弱い事なんかは百も承知の癖にあんなだったんでございますもの。」
さきは少し顔を赤めながら口を引きゆがめる様にして云った。
二度まであんまりよくない思い出を男について持って居るさきが結婚と云うものに対して持つ気持として無理はない事だろうと千世子は思った。
「そうかと云って一本立ちになって何をするって事だってないんだろう。」
「別に何って――
そんな事思った事もございませんから。」
「そうだろう、
だもの、やっぱり奥さんになってかたまった方がたしかにいいよ。
私はほんとうにそう思う。」
「そうでございますねえ、
でも貴方様なんかお嫁に行くなんて事を隣の家へお使にでも行く様にお思いでございましょうねえ。」
「まさか。」
千世子は自分が斯うやって処女《むすめ》で気楽にして居るのがどれほど無邪気に見えるんだかと思うと可笑しくなった。
「私みたいに学問もなくてお婆さんにばっかりなるものはほんとうに下らないわけでございますねえ。
又いじめられたらにげて参りますから置いて下さいませね。」
さきは、気のぬけた様に体をくずしながら千世子の着て居る着物のつぶれた褄を胸にさして居た針でつついたりして居た。
そうしてだまって居るうちに、咲はいつの間にか啜り泣きを始めて居た。
「どうしたの。」
「何だか悲しくなって参ったんでございますの、
いろんな事を考えるもんでございますから。」
千世子はだまって小ぢんまりした束髪に結って年にあわせては、くすんだ衿をかけて居る女のいたいたしく啜り泣くのを見て居た。
「泣くのなんかお止めよ、
ね。
悪いこっちゃあないんだもの、
私だってよろこんで居るんだよ。」
千世子は何と云って好いかわからなくなってこんな事を云った。
何かが心の上におっかぶさって来る様な気がして出窓から青々して勢の好い立木を見て居た。
かなり長い間しゃくり上げて居たさきは、ようやっと前髪をかきあげながら、
「もうやめましてございます。
せめて新らしい女《ひと》が馴れるまで置いていただきましょうし出来るだけ御馳走も差しあげて置きましょう。」
と云って無理無理に淋しそうに笑って自分の部屋に行った。
「又あすこで泣いてるんだろう。」
千世子はそんな事を思いながら、我ままの癖に自分の世話をよくするさきの様子を思い出した。
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二十五、三度目、見知らない男
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そんな事がいかにも痛ましい事の様に思えた。
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又いじめられたら……
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