来て見てもらえばいいけれ共。」
「でもまあ、体にはかえられないから二十日ほど行って来ましょう、
ほんとうに。」
千世子はポツポツとまとまりのない事を話した。
「いくら暢気だからって、
これでも御主人様なんですからねえ、
女中の事も考えなけりゃあ。」
そんな事も云った。
出る時にはきっと知らせて呉れと繰返し繰返し云って二人が帰って行ったあと千世子は行くか行くまいかとしばらくの間迷った様になった。
又青い顔をして臭剥を飲むよりは短っかい間でも行って達者で居た方がいいしまたそんなにいやだと思って居る事ではないけれ共斯うやったままちょくちょく来る二人のためにつぶす時間をまとめても十分な時が作られる。
こんなにあんけらかんとしても居られないんだからもう少し精力を増さなければいけないからとも思った。
夕飯の時半分じょうだんの様に、
「今月中にねえ、
私は小田原へ行って来ようと思って居るんだよ。
お前にお気の毒だけど、せいぜい二十日位だから、辛棒して呉れるねえ。」
なんかと云った。
(二)[#「(二)」は縦中横]
まだ若い女をたった一人留守番にして自分一人旅に出ると云う事は千世子には何となし仕にくい事だった。女の淋しさも思い、また、自分の持って居るあらいざらいのものを見張って居てもらうにはあんまりかよわいものの様でもありして千世子は出しぶって居た。林町の家から婆やでも来てもらえばいいとも思ったけれ共、それでなくってさえ手少なでせわしくて居る内をたのむのはあんまり心ない事だとも思って居たので余計のびのびになってしまった。
そうして居るうちにまた「さき」の縁談が持ちあがって当分は足止めを喰ってしまった。
始め、さきの父親の所から太い太い字で書いた手紙をよこした。
間が悪いほど、自分の娘の世話になって居る礼を書き連ねてから、縁が有って斯々の処へきめたから近々参上してくわしい事は申しあげ改めてお暇をいただきたいと云ってよこした。
その手紙が来てから六日ほどして父親はほんとうに千世子の家へ来た。
しょぼしょぼの眼をしげく眼ばたきしながら丁寧な口調でゴトゴトと話した。
「家の娘も貴方様、先に二度ほど婿を取ってやりましたがはあ無縁でない、
皆落つきませんだ。」
こんな事を云って一度目のは「さき」が十八の時来たんだそうだけれ共その時は女の方で虫が好かないで離縁して仕舞い二十二の時二度目のが来たけれ共石女だと云って自分から出て行ったんだと云った。
それからその男にひどい目に会わされたんで婿なんか取るもんじゃあないとあきらめた様にして今まで一人身で居たけれ共もう年が年だから今度の話は先が承知するとすぐきめてしまったんだと不幸な娘を持った年寄の父親はうるんだ声で千世子に話してきかせた。
休職の海軍軍人で小金の有る内福な事を繰返し繰返し云ってから、
「一刻も早くはあ孫の顔が見たいばっかりで、」
と涙をこぼして居た。
千世子は耳遠い年寄にわかる様に一言一言力を入れて自分の暮しの様子なんか話して、
「何より御目出度い事だから今すぐにも帰してあげたいんですがねえ、
斯うやって私一人で居るんだから女中無しじゃあ一時だって困るんですよ、
だからもうかわりの女をたのんでありますからそれが来たらすぐ返しましょう、
それでいいでしょう。」
我ながら可笑しいほど主人ぶって押えつける様な調子で云った。
年寄はまた三度目を繰返してなるたけ早くまとめたいとばっかり云った。
千世子は、
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返してやらないって云うんじゃあなし、一度云えばわかって居るのに。
[#ここで字下げ終わり]
にかび顔をして土産に持って来た柿羊羹のヘトヘトになった水引をだまってひっぱって居た。
自分の云いたい事をあきるまで云って仕舞うと父親は娘に云いたい事があると云って女中部屋に行ってしまった。
千世子は元の場所から動こうともしないで柿羊羹の箱を見ながら取りとめもない事を考えて居た。
斯うして女中と二人きりで暮して居る千世子にとっては女中と云うものは只単に召使と云うばっかりのものではない。
千世子は家事なんか世話をやかないから食事の事や何かはすべて女中に任して居る。
気の利く、なるたけ奉公人根性のない、気の置けないものが必用である。
さきなんかは少しは千世子の望むのに近い女である。かなり気も利くし、気が置けないと云う点はこの上なしであった。
あけっぱなしで居ながら一度二度、世帯持になっただけにかなり上手にきり廻して居た。
机を掃除する事でも、好き嫌いでももうすっかりわかって千世子が七日に一度と、かんしゃく、を起さずともいい様にまでなった。
それを手離すと云う事はかなり辛かった。
さきだってまた、夜こそ
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