方で虫が好かないで離縁して仕舞い二十二の時二度目のが来たけれ共石女だと云って自分から出て行ったんだと云った。
それからその男にひどい目に会わされたんで婿なんか取るもんじゃあないとあきらめた様にして今まで一人身で居たけれ共もう年が年だから今度の話は先が承知するとすぐきめてしまったんだと不幸な娘を持った年寄の父親はうるんだ声で千世子に話してきかせた。
休職の海軍軍人で小金の有る内福な事を繰返し繰返し云ってから、
「一刻も早くはあ孫の顔が見たいばっかりで、」
と涙をこぼして居た。
千世子は耳遠い年寄にわかる様に一言一言力を入れて自分の暮しの様子なんか話して、
「何より御目出度い事だから今すぐにも帰してあげたいんですがねえ、
斯うやって私一人で居るんだから女中無しじゃあ一時だって困るんですよ、
だからもうかわりの女をたのんでありますからそれが来たらすぐ返しましょう、
それでいいでしょう。」
我ながら可笑しいほど主人ぶって押えつける様な調子で云った。
年寄はまた三度目を繰返してなるたけ早くまとめたいとばっかり云った。
千世子は、
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返してやらないって云うんじゃあなし、一度云えばわかって居るのに。
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にかび顔をして土産に持って来た柿羊羹のヘトヘトになった水引をだまってひっぱって居た。
自分の云いたい事をあきるまで云って仕舞うと父親は娘に云いたい事があると云って女中部屋に行ってしまった。
千世子は元の場所から動こうともしないで柿羊羹の箱を見ながら取りとめもない事を考えて居た。
斯うして女中と二人きりで暮して居る千世子にとっては女中と云うものは只単に召使と云うばっかりのものではない。
千世子は家事なんか世話をやかないから食事の事や何かはすべて女中に任して居る。
気の利く、なるたけ奉公人根性のない、気の置けないものが必用である。
さきなんかは少しは千世子の望むのに近い女である。かなり気も利くし、気が置けないと云う点はこの上なしであった。
あけっぱなしで居ながら一度二度、世帯持になっただけにかなり上手にきり廻して居た。
机を掃除する事でも、好き嫌いでももうすっかりわかって千世子が七日に一度と、かんしゃく、を起さずともいい様にまでなった。
それを手離すと云う事はかなり辛かった。
さきだってまた、夜こそ
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