素朴な庭
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)愈《いよいよ》

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 私は東京で生れた。母は純粋な江戸っ子である。けれども、父が北国の人で、私も幼少の頃から東北の田園の風景になれている故か、私の魂の裡にはやみ難い自然への郷愁がある。それも、南国の強烈な日光は求めず、日本の北の、澄んだ、明るい爽かな春、夏秋が何とも云えずに懐しい。冬の荒い北風、幾度かその上に転んだ深い雪、風の雨戸に鳴る音さえ、陰気ではあるが私にとって決して厭わしい思い出ではない。

 春が来て、私の家の小さな庭に香のある花が咲き、夕暮の残光が長く空を照らす頃になると、私のその郷愁は愈《いよいよ》募って来る。私は幾度となく旅行を思う。そして実際事情が許せば必ず一度は東京を去らずには置かないのだ。
 今日は四月上旬の穏かな気温と眠い艷のない曇天とがある。机に向っていながら、何のはずみか、私は胸が苦しくなる程、その田舎の懐しさに襲われた。斯うやっていても、耕地の土の匂い裸足で踏む雑草の感触がま
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