は、異様に印象に遺った。
私には、夕方見かけるロシア婦人とこの男が全然無関係とは思えなかった。彼もロシア人とはっきり感じた。妙に深く、暗く、際限のないような彼の雰囲気が、ロシアのものでなくて何だろう。
私は、あの婦人帽を見ている時持つと同じような或る感じを受けた。漠然とした、言葉にうつし難い生活の辛さ、厭さに同感する心持だ。
半月も経たない夜、私はまた同じ処を通った。香水の商人はいなかった。その代り、感情的な一つの情景を目撃した。
風が吹き、物影がはためくので一層沈んで見える山崎の大飾窓の処に人だかりがある。私は、
「何でしょう、病人?」
と怪しみながら通りがかりに振向いて見た。思いがけず人の間から、見覚えのある紅い婦人帽が覗いている。私は立ち止った。よく見ると、その帽子は低くかがみ込んで、もう一人別な女と一緒に、飾窓の地面とすれすれの縁に腰かけて顔をかくしている少女に、頻りに何か云っているのだ。
言葉は聞えない。けれども、彼女の後姿には刻々多くなる見物に対する意識が明に現れていた。少女の肩に手をかけ、一分も早くその場面を切りあげたそうに、情けなそうに何か云っている。少女は
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