長方形の台がある許りだ。白布がいやに折目正しく、きっぱりかけてある。その上に、十二三箇小さな、黄色い液体の入った硝子瓶がちらばら置かれている。白布の前から一枚ビラが下っていた。
「純良香水。一瓶三十五銭」
 台の後に男が立っているのだが、赧っぽい髪と、顎骨の張った厳しい蒼白な顔つきとで、到底、買いてを待つ商人とは思えなかった。兵隊であったかと感じる程、身じろぎもせず、げんなりした風もなく突立っている。見て、寒い恐怖に近いものが感じられた。男は、峻しい冷静なその台の番人で、香水と称す瓶のなかみは、可愛い好い香など決して仕ない色つけ水でありそうな気がする。万一、香水に心は引かれても、後に立ってこちらを見ている男の風貌を眺めると、思わず手を引こめそうでさえある。
 彼のすぐ隣には、けばけばした赤い模様布をどっさり並べ下げた更紗商人がいた。その先には、台を叩き叩き、大声で人を集めているバナナ屋がいた。堆い、黄色な果物が目立った。右側の店舗から漲り出す強い光線、ぶらぶらと露店の上に揺れ、様々な形と色彩の商品を照している電燈の笠。賑やかで、ごたついた東洋的な夜の光景の中で、この外国人の素気ない小店
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