女の繊《ほっ》そりした指が、一束のグラフィックを持っていること、あの帽子が一揺れする毎に、彼女の唇には如何程強いた、嗄がれた微笑が掠めるかということ等、こちらに遠のいていても私によく解った。或る日、偶然彼女がつい近くの若い会社員らしい男にそのグラフィックを買ってくれと、覚つかない日本語で云っている顔を見た。私は彼女の微笑や無意識に表している嬌態から、何ともいえず心の滅入る感銘を受けた。今まで、愉快で、漠然とした暖さに伸び拡っていた感情が、俄にきゅっと私の胸の中で搾り縮められるような何かが、彼女の体のこなし、売りもの総てにつきまとっていたのだ。
私は何故か、彼女が自分の商売品である画報に一向自信を持っていないのを感じた。彼女自身、それが非常に美しいものでも、興味を唆るものでないのもはっきり知っている。然し、自分は買って欲しい。いらないのは判っているのだが、という苦しげな、臆病なものを冊子を差し出す腕の動作に語っている。
その時、私は一人の職人が鷲掴みにして腹がけの丼から反古包みの銭を出し、憤ったような顔つきで冊子の一つを買ったのを見た。もう一人、これはやっと十六ばかりのやや田舎ッぽい
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