る電車の方ばかりに目をつけている。買いものの紙包みを持ち、小さい子供の手を引いた婦人の口元や眼には殆ど必死らしい熱心さがある。気の利いた外国風の束髪で胸高に帯をしめ、彼女のカウンタアの前ではさぞ気位の高い売り子でありそうな娘が、急いで来たので息を弾ませ、子供らしく我知らず口を少しあけて雑踏する電車の窓を見上げるのなどを認めると、私は好意を感じ楽しかった。夕刊売子と並んで佇み、私は、
「さあいそがずに。気をつけて。――いそがずに気をつけて……」
と心の中で調子をとって呟くのであった。
 人々の押し合う様子は、もう三四十分のうちに、電車も何も無くなると思うようであった。最後の一人をのせ、最後の一台が出発し切ると、魔法で、花崗岩の敷石も、長い長い鉄の軌道もぐーいと持ち上ってぺらぺらと巻き納められてでもしまいそうだ。子供の時分外でどんなに夢中で遊んでいても、薄闇が這い出す頃になると、泣きたい程家が、家の暖かさが恋しくなった。あの心持、正直な稚い夜の恐怖が一寸の間、進化した筈の、慾ばりな大人の魂も無自覚のうちに掴むかと思う。それ故、貨物自動車が尨大な角ばった体じゅうを震動させながら、ゴウ、ゴウと
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