ケースの中で凝っとしている宝石類まで、夜というと秘密な生命を吹き込まれるようだ。昼間は見えなかった美しさ、優しさが到る処にちらばっている。けれども、日光の下で歩いて見ると、艷のない、塵っぽい店舗に私共は別に大して奇もない商品と小僧中僧の労作と、睡そうな、どんよりした顔つきの番頭とを認めるだけだ。夜になると、商売が単に商売――物品と金銭との交換――とはいえない面白さ、気の張りを持たせる同じ店頭に、今は日常生活の重さ、微かな物懶《ものう》さ、苦るしさなどが流れている。私が何故そう奇麗でもない昼、夕刻にかけて散歩したかといえば、夜では隠れてしまう生活の些細な、各々特色のある断面を、鋪道の上でも、京橋から見下す河の上にでも見物されたからである。それに、昼間から夜に移ろうとする夕靄、罩《こも》って段々高まって来る雑音、人間の引潮時の間に、この街上を眺めているのは面白かった。私はライオンの傍の電柱の下で、永い間群集を見た。四辺が次第に鳩羽色となり、街燈がキラキラ新しい金色で瞬き出すと、どんな人の顔にも、何か他の時と異った一つの表情が現われた。誰でもひどく早足だ。四辻を横切りながら、自分の乗ろうとす
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