祖父の書斎
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)牛御前《うしのごぜん》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九三九年十二月〕
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向島の堤をおりた黒い門の家に母方の祖母が棲んでいて、小さい頃泊りに行くと、先ず第一に御仏壇にお辞儀をさせられた。それから百花園へ行ったり牛御前《うしのごぜん》へ行ったりするのだが、時には祖母が、気をつけるんだよ、段々をよく見て、と云って二階へつれてあがった。いつも使っていない二階は不思議な一種の乾いた匂いが漂っていて、八畳の明るい座敷の方から隣の小部屋の一方には紫檀の本箱がつまっていて、艷よく光っていた。森閑としたなかでそうやって光っている本箱はやはりこわさを湛えていて、おじいさまの御本だよ、と云われても凝っと祖母の腰によりそって遠くから見るだけだった。この祖父の写真が一枚あったが、白髯で小柄なのに、子供の心にしたしめる表情は乏しかった。この向島からのかえりには浅草の仲店の絵草紙やで、一冊五銭ぐらいのお伽噺の本を買ってもらうのがきまりであった。大抵巖谷小波の本であった。祖
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