た同志小林の業績をかえってその歴史的評価においてちぢめる結果となるであろう。決議は根本において、発表の時機によって、その価値を左右されない確乎たる党派性と科学的究明との上に立ってなされたものである。同志小林の功績は、実にプロレタリア文学運動におけるその如き党派性、その如き科学性の確立のために、決議の作成へまで発展的にしかも飽くまで厳密にわれわれを批判し、鼓舞激励したところにこそあるのである。
貴司は『改造』四月号の「人及び作家としての小林多喜二」という感想文の中で、同志小林は作家としても理論家としても未完成であったが、その英雄的死によって未完成を完成したという意味のことを書いている。その文中では完成、未完成、あるいは性格というようなものが固定的に扱われていた。同志小林が敵に虐殺されたことによって、自身の未完成を揚棄し得たかのように考えるとすれば、それは階級的前衛に加えられる敵の悪虐の真相を、大衆の面前から押しやり、復讐の目標をそらすものである。
われわれは先ず同志小林の業績を正しく階級的に評価することによって、決議の真面目な責任ある具体化の一歩としなければならないと思う。
日和見主義との妥協なき闘争の階級的意義を理解することなしに、同志小林の不撓な闘争の真価を理解することは不可能である。日和見主義を克服することなしには同志小林の復讐を誓うということさえ実践的にはあり得ないのである。
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この後につづく原稿は『プロレタリア文学』三月号のために書かれたものであった。
一月号所載の中條の論文「一連の非プロレタリア的作品」に対しては多くの同志たちの批判が加えられ、又筆者自身自己批判するところもあった。しかし、論文に対する批判そのものに又種々討論さるべき点があったので、筆者の自己批判並び批判の再吟味として「前進のために」が執筆されたのであった。
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後、常任中央委員会によって確乎周密な「右翼的偏向に対する決議」が発表された。
三月号『プロレタリア文学』が敵に奪われたため「前進のために」は時間的に前後した観があるが、内容は今日においても十分積極的意義を持つと思うので、「決議によせて」と合せて発表することにしたわけである。(『プロレタリア文学』編集部註)
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