「白石噺」の作者は、義太夫の文学の中に信夫のひどい東北弁をとり入れ、それが交通不便で、その東北弁の真偽を見わける機会もない当時にあっては珍しく、そこが所謂新趣向として都会の閑人たちの耳をたのしませたのであった。
 今日娘の身売りは、道徳的な方面からだけ問題を見る方向へそらされて、徳川時代から引つづいたそのような風習の根源である、東北の農民の歴史的窮乏の経済的原因は、後の方へ引とめられている。もし愛国婦人会や矯風会が本当にそういう事を防止するために一般婦人の力を糾合するのであるなら、それらの婦人に先ず第一、小作制度の本質をつきとめさせ、農民の負うている負債の性質について実際を理解させなければならないのであろう。そのような根本的な点にふれぬために現代の社会機構について知識のうすい婦人の層を動員しての身売防止運動であることは、既にしれわたった事実であると思われる。却って、このことがきっかけとなって、友松円諦のような者や、農村自力更正修養団の思想やがはいりこむことも予想される。
 この間、プロレタリア作家の徳永直と、これはプロレタリア短歌を専門とする渡辺順三とが、東北飢饉地方を見学に行った。私
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