い心持を経験してゆくであろうかという事を、深く思いやったのであった。
 新宿へ迎えに出た民子の後について朝の混雑した郊外の表通りを家へ向って来る道々、とし子は二三歩あるいたかと思うと、すぐに当惑したようにして立止ってしまうので、民子が心配してとし子のところまで小戻りして、
「どうしたの、気分がわるいんですか」
ときくと、とし子は、いかにもきまりわるそうに苦笑して静に頭を横にふった。
「いいえ、人間や自転車や自動車が、いくらでもくるもんであぶなくってどうにも歩けないんだが……」
 そういう十六のとし子の心持も私を或る実感で打ったし、女中という、都会の小市民の家庭の中での一つの役割とその型とになかなかはまれず、主婦としての民子は、やっと一ヵ月も経って、とし子の態度が軟らかくなって来たのに些か安堵するというところも、はっきり都会の主婦の常識というものがうかがえて、私にいろいろのことを考えさせた。
 東北の飢饉地方から、売られて汽車にのせられ、東京へ出て来る娘たちの年頃は、皆この小説に書かれている十六のとし子と同じ年かその下が多い。身売り防止会は、それらの田舎出の娘たちを一通り仕こんで方々の家
前へ 次へ
全10ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング