しないその犠牲者である。深海に波立たずいつもしーんとして重く悠々たるのは、金庫の中にその生活を深く沈めている人々である。
女のモラルという、目立つのが一倍損というような社会現象をとりあげて語るならば、私たちは、その頽廃を導き出し、放置し、更に救いがたくしてゆくような、今日の社会の諸矛盾にこそ触れたい。病源をこそ、きわめたい。そして膿の湧き出す腫物そのものを直して、清潔な人間らしい艷のある皮膚にしたいと希うのである。
浄らかな人間生活は、浄らかなり得る現実条件があり、或は少くともその可能が存在する社会事情がなければ営まれようもない。権力者らの、眼にあまる大きい堕落は、大きすぎて私たちに一目で見きわめかねるからとて、抵抗力ない女の罪を喧々囂々《けんけんごうごう》することで、自分を義人と感じるには、私たち女の経て来た苦労は厳粛すぎるのである。[#地付き]〔一九四六年三月〕
底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(
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