教会と父権とが彼女たちに与えた現世の主である夫に対して、彼女たちは厳しくしつけられていた通りに貞潔の誓を立てながらも、もう唯の雌ではなく人間の女性となってペトラルカの詩も歌うようになっている。彼女たちは自分たちの生涯にとって不幸にして幸福な瞬間として、良人以外の男性に好もしさを感じることを押えきれなかった。近松門左衛門は彼の横溢的な浄瑠璃の中で、日本の徳川時代の社会の枷にせかれて身を亡す人間らしい男女の愛の悲劇を歌った。カルメンの物語でばかりスペインを知っている人々にとって、またダンテとベアトリチェの物語だけでイタリヤの心を知ったと思う人は、これらの国々で不幸な愛人たちが自分たちの幸福への願望と共に流した血潮の多量なことに心から驚かずにいられないだろう。こういう事情の中では結婚も家庭も母となることさえも天主の定め給うた「運命」として受けとられた。人間らしい自発的な選択や愛の歓喜や母の喜びなどというものが、万一「家門」の必要と一致するようなことがあれば、若い女性はその意外さに寧ろおののいたであろう。
 封建社会は徐々に近代の資本主義の社会に発展してきた。新しい社会のエネルギーに対して、そ
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