も獣の皮か木の葉をかけて、極く短い綴りの言葉を合図にして穴居生活を営んでいる時代に、原始男女の世界は彼等の遠目のきく肉眼で見渡せる地平線が世界というものの限界であった。人類によって理解され征服されていなかった自然の中には、様々のおそろしい、美しい、そしてうち勝ち難い力が存在していて、嵐も雹《ひょう》も虹もそこに神として現れたし、彼等の体を温めたり獣の肉をあぶったりする火さえもその火が怒れば人間を焼き亡す力を持っている意味で、やはり神であった。神や魔力は水の中にさえもあった。あんなに静かに流れ、手ですくっておいしく飲めるその水が、天からどうどうと降りそそげば、彼等の穴ぐらは時々くずれたり狩に行けないために飢えなければならない時さえあった。未開な暗さのあらゆる隅々に溢れる自然の創造力の豊かさを驚き崇拝した原始の人類にとって、自分たちに性の別があってその結合の欲望は押え難く彼等を狂気にし、その狂気への時期が過ぎてある時がたつと、女の体は木の実のように丸くなってそこから人間そっくりの形をした小さな人間が現れて来るという神秘について、彼等は絶対の驚きをもっていた。太陽や月のように、人間を支配する
前へ
次へ
全30ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング