人が何人であろうとも、実験上習慣となっている一定の時間に餌を見れば盛んに反射作用を起して胃液を分泌した。人間にも食慾がある。食べたい時に食物を見れば、反射作用を起して口の中は湿っぽくなる。けれども忘れてならないことは、犬が決して「これは畜生の食い物だ」という感情を知らないことである。犬は食い物の与えられ方によって決して食いたくないと思う程の屈辱と憤りとを感じることがない。人間が人類という生物ではあっても、地面に投げ与えられたものを何でもがつがつ食べる生物ではなくて、人間ばかりが社会生活の発展から生物的な要求としての餌に対する悲しみも、憤りも、誤りも、自覚しているのである。資本主義社会は一日一日と個人の中に人間的自覚を目覚めさせた。犬とは違う餌についての諸感情と判断を目覚めさせている。餌は資本主義社会の諸条件のもとにあって、実に複雑極まるセコンド・オーダ・システムの対象となっている。食糧問題は、今日国際問題であり、政治の問題である。坂口安吾氏の性的経験の中に実在を自覚するという論についても同じことが云える。人間坂口は単に雄であるばかりでは実在しきれない。雄であることだけに実在を包括しきれ
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