となしぼーとしてかえって来た。ところが何日か経って、天井の低い茶室まがいの部屋へそのピアノが入って来たとき、私のおどろきと讚歎はどうだったろう。こんなに綺麗で、こんなに立派だったとは思いもかけず、左右についている銀色の燭台に蝋燭の灯をきらめかせて、何時間も何時間も、夜なかまで夢中になって鳴らしていた。
 大きくなって見直せば、そのピアノは日露戦争の時分旅順あたりにあったものを持って来たもので、おそろしい時代ものの上に、こわれたところを修繕して全く色の違う木がところどころにうめてあるという品物であった。後年父や母は笑いながら、だってお前、あれだって買ったときには家じゅうにお金というものが三十円きりっきゃ残っていなかったんだよと云った。若いからこそ思い切ってそんな事も出来たんだね、と懐しそうであった。
 人間のねうちは着物ではないと云って、小学校の四、五年ごろ菫色のカシミヤの袴の色のさめたのを、仕立て直して、襞のひろい方へもと上の方だった狭い褪せたあとの出たのを穿かされたのも覚えている。それを器用に染め直して、お前は女の子だからこんなことも覚えてお置きとは云わなかったところに、よかれあしか
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