親しく見聞したアイヌの生活
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)平取《ぴらとり》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)黒|天鵞絨《ビロード》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九一八年十月〕
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 アイヌの部落も内地人の影響を受けて、純粋のアイヌの風俗はなくなって行きますが、日高国の平取《ぴらとり》あたりに行ってみると、純粋のアイヌの気分を味う事が出来ます。然し単にアイヌと申しても、北海道全体に渡っての彼等の部落には、各々に特色がありますので、僅ばかりの間の研究で断定的な事は申されません。で三ヵ月ばかりの間に私の眼に映りました事について少しお話いたしてみましょう。

 一体にアイヌと云えば、内地の人は熊の子か何かのように思っているようですが、アイヌの生活には、私共の歴史の上に残っている祖先の生活を、眼のあたりに見るような感じのする事がありまして、一度アイヌの部屋に入って行きますと、実に興味が深く一種のなつかしみを感じます。
 アイヌの住居は、コバ葺きと茅葺とありまして、普通は茅ぶきのようで、茅を上から重ねて葺いたのでなく、端を少しずつ残して段々を作ってある屋根の並んでいる前に、丸く切った大きな松薪が高く積れて、その軒辺に真白の梨の花(四五月の頃)の咲いている所は、何とも云えない趣がございます。
 家の内部は入口に土間がありまして、その次ぎに居間があります。この土間は畑に出来るいろいろな作物を収穫《とりいれ》る時使うので、何処でも可成り広く取ってあります。居間は以前は地べたに敷物を敷いたばかりでしたが、此頃では大抵の家で低い床を張っているようであります。私は或る日、アイヌの旧家に行ってみましたが、三尺の入口に菰が垂れていて、その菰を押して入ると奥は真暗で、そこにまた真黒な犬がいました。そして地面には蓙《ござ》が敷いてありますがお客があると取って置きの蓙《ニキノ》を出してすすめます。お客用のだからと云っても、矢張り黒く煤けていました。
 それでも窓は東と南に開けてありまして、何処の家でも、東の窓は神聖な場所として、此処にイナオと云う内地の御幣に当るものが立ててあります。イナオは木で作った先きの方をじゃがじゃがさせた一種の木幣で、家の守護神様、穀物の神様、水や火の神様
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