いるのではなく、どこか内国旅行しているような呑気な気になってころがりつつ。
 ――気をつけなさい。ヴャトカは日本人の旧跡だから。自分がトンマですり[#「すり」に傍点]に会って、シベリア鉄道の沿線に泥棒の名所があるなんて逆宣伝して貰っちゃ困るわよ。
 ――大丈夫さ! 心得ている。
 暗くなってヴャトカへ着いた。ここはヴャトカ・ウェトルジェスキー経済区の中心だ。列車がプラットフォームへ止るや否や、Y、日本紳士をヘキエキさして「キム」に関係があるかもしれぬという名誉の猜疑心を誘発させたところの鞣外套をひっかけてとび出してしまった。
 後から、駅の待合室へ行って見たが、そんな名物の売店なし。又電燈でぼんやり照らされている野天のプラットフォームへ出て、通りかかった国家保安部の制服をきた男に、
 ――あなたそれどこでお買いになりました? 私|売店《キオスク》をさがしてるんですが――
 その男は襟ホックをはずしたまんま、手に二つ巻煙草入れをもってぶらついていたのだ。
 ――こっちです。あの門《ヴァロータ》の中ですが――一緒に行ったげましょう。
 プラットフォームをすっかりはずれて、妙な門を入って、ど
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