い、またその苦しさや悩みについて、ほかのどっさりの人はどう感じ、考え、そこから抜け出そうともがいているかということについて知り、慰めと希望とよろこびを見出したのだった。
 この本をよみはじめた時代の思い出のなかで、ゴーリキイは、きょうのわたしたちにとって極めて暗示にとんだ回想をしている。わたしの生活はこのようにあんまり野蛮で苦しかったから、読む本は英雄的なものや、空想的なものが面白かった。そういう本をよんでいる間は現実の苦しさからはなれることが出来たから、と。そういう意味を書いている。このことも、わたしたちが文学にふれる機会が、多く偶然からはじまる、という事実とともに、考えさせられる第二のことである。

 資本主義の社会では、出版という仕事も企業としてされる。資本主義の企業は、本質として利潤をもとめている。一定の量の紙をつかって一冊の雑誌をこしらえるために或る資本がいる。その投資を出来るだけ利まわりよく回収するためには、一冊の雑誌が高くてもどっさりうれるようにしなければならず、売れる、ということのためには、日本の人口の大部分を占める人々――大衆のこのみに合うことが必要となって来る。大衆
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