人たちはアルバイトまでして勉強しています。真剣に社会について考えている。女の子は汗じみたなりを辛抱しているという一つのことにしても、男の学生よりは生理的に心理的に苦痛が多いのです。日本のような社会の歴史をもったところでは、この矛盾のひどい中で悪に抵抗して力一杯生きようとしているけなげな若い女性のためには、男の人たちが人間的同情にとんだ態度であってほしいと思います。さっきの「進歩」について云ったように、いくら一握りの青年が前進してもその半身である若い女性が遅れて[#「遅れて」に傍点]いたら、その互の不幸は深いと思います。
ところがまた女性の側からいうと、男の遅れている[#「遅れている」に傍点]ということが実際問題になっているのです。男の感情の習慣と生活の形の中には、自覚ある女性が切なく感じている封建性と男子優越が残っています。組合の中でもそういうことはある。一昨年でしたかやっぱり『学生評論』で各学校からの男女学生が集って座談会をしたことがありました。丁度学生祭のあとで、話題は豊富でしたが、女子学生の問題の中には家庭と職業との矛盾をどうするかという問題があり、したがってそれが恋愛や結婚の問題にもつながって考えられていました。日本の現実では、この点がまだ社会的に解決されていません。経済事情が悪化している今日、学生のアルバイト、主婦の内職、また内職的な意味でのかけもち[#「かけもち」に傍点]職業の問題が増えてきて、女性の重荷はましています。
積極的な意志で結婚した人々もこういう問題については、苦しい経験をしているわけです。根本は家事が個別的に主婦の負担であるということが原因です。今日民主的な活動をしている人々の間に、思ったよりも多く従来の結婚生活がこわれてきています。外で働く男の人は仕事の場面でまだ若い身軽な女性を見出して、その人と新しい結婚生活に入ることが発展だという風に理屈づけるけれども、その婦人が又結婚生活の中で主婦として暮しはじめたとき、果して全く新しい家庭の形態というものがつくれるでしょうか。その人の上にも、女として家庭と仕事との矛盾はおこらないでしょうか。矛盾のままの、無理だらけの毎日を送って、ちっとも心に不満が起らない程日本の「家庭生活」のなかでの経験者――既に一人の女性はその家庭の犠牲となったほどの――男の人が、万年青年であり得るでしょうか。
若い一組
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