が働きながら夫婦の生活感情を成長させてゆくためには、お互に大局からの仕事についての理解が、非常に深くなければなりません。互の忍耐もいり、我ままを愛の表現と思わない決心がいる――「スタイル」の愛の技巧とは全くちがった聰明がいります。
 若い一組がうまくゆかないということは、やっぱり男の人に、女は家にいる方がいいという便宜的な必要が強く影響するからの結果もあるでしょう。積極的に結婚をする人は、女の人にしても、生活力が強いし向上心もあるから、家庭に封鎖されることは苦しいのです。社会的活動から遮断されたいきぐるしさを感じるのです。現在ではそういう若い妻たちが案外に多いのだから、地域的な民主的組織が、主婦という条件を考慮した上での協力をひろげてゆくことがどちらのためにも必要です。イタリーのようにファシズムでしめつけられた国で、今日婦人の民主的組織はきわめて大規模に発展しています。
 日本は、なんと青春にとってむごい国だろうと思います。この頃の雑誌が性教育とか性に対する知識の普及とかいって扱っている記事の内容は、どうでしょう。ブルジョア恋愛論の空想性、偽瞞性で装飾しながら、ロマンティックなような形容詞で、かいていることといえば、肉体主義の文学の生理的註解のようなものです。これまでに科学的な性の知識がちっとも与えられていないのに、今日は十六歳の少女でも読む雑誌に、いきなり局部的な性の技巧とか性の満足とかいうことが書かれていて、両性の生活にある人間的な複雑な要素は、全くけとばされています。愛のよろこびや美しい結合に憧れをめざまされるよりも先に、性交への好奇心が石盤刷りのようなあくどさで刺戟されてゆくのは、惨憺たることです。性には人格もあり個性もある。特に女性は人間的な要素が多い。その要素を無視して、性器だけの交渉に中心をおくならば、すべての性的な行為は売娼の本質と等しくなってしまいます。なぜなら、そこに、人間的な選択、完全な結合、愛、同感、互の運命への責任等がぬかれているのだから。
 人間を動物的に低める性的誇張は、ファシズムの一つの方法です。ナチスが青年男女を「わが陣営」にひきつけるためにとった方法は、いわゆる性の解放でした。正しい民主的な社会を求める人々は、こういう性のこみちから人間を人間でなくするような人間破壊に対して闘わなければなりません。肉体主義の文学が、「肉体をはる」生
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