話して行った。自分自身の生活に対する希望や予想に就てでなければ、知人の結婚生活の成功、失敗等について、そして、一々の文句の句点のように、彼は「君達はいいさ。申し分なしだろう」とか、「何にしろ以心伝心だからな」とつけ足した。停車場で別れる時、彼は改札口を半分プラットフォームに出ながら体を捩って彼等の方を振向き、呼びかけた。
「この次来る迄に頼むよ。見つけて置いてくれ給え」
樫と栗の生垣に沿って曲ると、道は、両端に雑草の茂った田舎道になった。左側にはとろとろ月に輝いて流れる溝川があった。右手には、畦の低い耕地が、処々に杉森で遮られ、一面の燦く透明な靄のような月の光に覆われている。聖者の円光のように遙かな暈をもった月は、いよいよ彼等に近く見えた。一つの星はますますキラキラと美しく閃く。保夫は、こんなに夜が生命に満ち溢れているのに、あの友達が独りで麦酒《ビール》に酔って帰るのが哀れだという風に呟いた。
「本当に誰かないものかな。――君の友達なんか大勢あるんだろうのに……戯談《じょうだん》らしく云ってはいるが本気なんだよ、山岡のは――」
さよは、ぼんやり答えた。
「そうね」
保夫は、黙り込
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