。彼女はいそいで格子の鍵をはずした。そして良人を歓迎した。
「おかえりなさい。――今日は少しおそかったのね」
朝から殆ど始めて人間と口を利くのであったから、さよはいくら喋っても喋りきれない暖い潮が胸一杯に流れるのを感じた。
「どうなすって?」
「今日はね、思いがけない用事で伊東屋へ行ったんでおそくなった。――ひどいよ今頃は。まるで喧嘩さ」
「銀座の?」
彼女は、靴をぬいでいる良人の背中を見下しながら、それは惜しいことをしたと思った。
「銀座へいらっしゃるんだったらお願いすることがあったのよ」
「ほう……何だね。また行けばいいが……然し」
彼は、今までさよに見えなかった一つの紙包みを黒皮のポートフォリオのかげから出した。
「こういうものがあるんだが……」
それは、明治屋の商標をもっている。さよは冗談の積りで云った。
「私当てて見ましょうか? 何を買っていらしったか」
保夫は、外套を掛け、居間に入りながら云った。
「あやしいものだぞ」
「大丈夫、きっと当てるわ」
さよは、勿論間違うものとして断言した。
「オゥトミイル――二鑵? それとも一つは何か別なもの?」
保夫は振向いてさ
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