活々と、楽しく、東京では目抜きというべき街路の舗道を彷徨《さまよ》えた。――家が空だとあぶないというので、彼女は、この遠征も思いのままに出来ない。侘しい重苦しい心持が春の曇天のように罩《こ》めて来た。
さよは、立って行って編物袋を出した。
縁側の籐椅子にかけて、彼女は袋の中から銀鼠色の絹糸を出した。そして、先の尖った金属の針を濃く緑色に溶けた日光に燦めかせ、祖母の肩掛けを編み始めた。
良人は、その日いつもより少し晩く帰って来た。
四辺《あたり》がとっぷり暮れると、独りでいるさよは、燈火の明るい自分の家ばかりたった一つ、広い田園の暗闇の中に、提燈のように目立っていそうな気がした。そして、ひどく不安を感じた。いくら戸をしめても窓を閉じても、すき透しに自分が真暗な戸外から覗かれているようにこわいのである。彼女は、台所で立てる自分の物音が、妙にはっきり四方に響くような気がした。ちらちら硝子に映る自分の顔が、見なれない疑わしいもののようにさえ思われる。彼女は神経をはりつめて簡単な炊事をするのである。
それ故、良人の声が玄関ですると、彼女はやっと危い綱渡りをすましたように吻《ほ》っとした
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