? 貴方幸雄さんに、伯母さんを早く安心させるもんだよっておっしゃるでしょう?」
保夫は、機械的に答えた。
「云わなくちゃあなるまい。――せっかく理財科まで出て遊んでいるのももったいないからな」
さよは、「何故そんな上っ面で安心? どうしてもう一皮、幸雄さんの心持の下まで切り下げないで安心なのだろう!」という、歯痒い歯痒い心持を、やっと、
「幸雄さんはいい従兄を持って仕合わせね」
という皮肉に洩した。
けれども、保夫は、彼の傍で、さよが、どんな感情に煮え立ち、それをどんな心持で制しているかは、まるで感じないように見えた。彼は苦労も不安もないらしく、艶の好い、型通り青年紳士の顔を、悠々居間の灯の下に浮上らせているのだ。――
彼女が指先に絡めて編んでいた絹糸のように、慎ましく輝き、滑らかであった生活は、少くともさよの心の内で変化した。彼女は、良人と自分との調和ある沈黙の頷き合いは、散歩に出ようか出まいかということ、二人共が丁度同じ時番茶を飲みたいと思うこと等以外に、果してどこまで深く連絡があるかひどく疑わしい心持に、結婚後始めて逢着したのであった。
四
四辺はも
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