とまるで別な、遠い処にあるようで苦しいの。それは勿論」
彼女は、気を入れて聞き始めた保夫に説明した。
「同じような処もあってよ。同じに考えたり思ったりする事もあります。けれども、それは些細なことで、結局お互がどちらでもいいから、無意識に譲り合って行くのでそうなので、大元の処へ行くと、二つがすうっと離れねばならないようなの。お判りになる? 私の云うことが……。例えば、今、私がこんなことを云うまで、貴方一寸もそういう心持は感じていらっしゃらなかったでしょう? 自分が感じないばかりでなく、私が感じていることも、まるでお感じにならなかったでしょう?――それが離れていると私が云うところです」
「ふうむ。……然しそれは、君が僕の気持をよく理解しないからだろう。まだ――」
「そうか知ら。――私は逆のように感じてよ。貴方は、私共が世間で認める通り夫婦で、外から見た条件がちゃんと調っているのだけ知って安心していらっしゃるのじゃあないこと? 自分達の心の問題を放ぽり出して、他人のように外側だけ見て好い気になっているのは嫌よ。――私は根から安心したいのです。貴方と私とが、本当にこここそというところを確り持ち合って行きたいの」
「――いやに懐疑的だね」
保夫は、手入れの好い髭の辺に、不似合な曖昧な迷惑げな表情を泛べて、さよを見た。
「こうやって生活しているという事実以外に、僕等の生活のあるべき訳がないじゃないか。それに……君の言葉は捕えどこがまるでない。遠いとか寂しいとか云わずに、どこか悪いところがあるなら明瞭に指摘すべきだ。それが君に出来ないなら、僕は、君の云うことに、はっきりした土台がないとしか思えないよ」
「悪いというものではないのです。なおすというより、もっと心の底に入るの。もっとむき出しで、鋭く感じる心が私は欲しいの。私に遠慮なく云わせれば、私のこの心持を論理の上で正しい形をとって説明させようとなさる、それが淋しいのです。判ったでしょう? 心のことよ。心直接感じるべきことなのよ!」
「じゃあ堂々廻りで結局、僕に云っても駄目だということじゃあないか!」
保夫は、さよの胸を一杯にした冷やかな事務家的態度を示した。彼女は、辛うじて自分の涙もろさに打ち勝った。
「私は、駄目だと云って澄していられないのよ! 二人で生きて行くのなら、生きてゆくようにして行きたいのです。だから――」
「
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