ようとしている。そして、日本の全人民が、いかなるものに対して犯罪をおかそうとしていると不安なのか、全住民の指紋をとることまではじめられようとしている。
 偽りの目標をもった戦争とその敗戦が、日本の社会をこわした。重大犯罪の大部分が組織的で、大規模で、殺人をともなうことは、永い戦争の年々、当時の国家権力が、権力をもって人民に強いた殺人と掠奪との組織的行動の残像である。そして、こんにち、公団の腐敗その他、特権に必ずつきまとっている不正な利得、人民の富の奪取を、どうしようもない政治の無能の反映でもある。

 文学の面でも、最近、明治からの現代古典を体系的に見直してゆこうとする一つの傾向があらわれている。現代文学は、肉体文学も、社会小説も、実名小説も、きょうのわれわれの生活のこころにふれるものでないから、というのが一つの動因である。だけれども、明治文学、大正文学、そして昭和をきょうの文学まで辿り直して来る、そのことからだけ、新しい人民の生活を語る文学はうまれない。むしろ、そういう回顧の流行は、それ自体、一つの文学の危機を語る現象でさえある。一九三三年、日本の権力が戦争強行の決意をかためて、言論
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