い様な落しばなしをして居た。千世子の口元はついついゆるみそうになって来た。さっきあんなに怒っておいてすぐ仲間入りさせてもらうと云う事は何となく権威をそこねる様でけぎらいの千世子は自分が先に頭を下げる事は出来なかった。笑いそこねた妙にはばったい口元をしてはなれて歩いた。
 Hも又「さっきは私がわるかったからサ、もう仲なおりネ」
とは云いにくかった。二人はどっちか早く「もう」と云い出して呉れればとまち合って居た。
 千世子は歩きながらHの様子を見た。ふっくりと柔味のある光線をうけてしおらしげに耳朶やくびすじはうす赤にすき通って居た。時々気にしたらしくまっくろな髪を上げる小指の先が紅をさした様に色づいて居るのや、まぼしいほど白い歯がひかる事なんかを千世子は見つけて思わずうす笑いした。
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「私はあの人のあの娘みたいなきれいなところどころに免じて私から仲なおりをしよう」
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 わだかまりない気持でこんな事を思った。人が違った様に顔中笑を一っぱいにして二人のそばにかけよった。
 三人はかおを見合わせて何とも云えないほどいろんな感情の入りまじった笑い方をした。そしてお互にさっきの事には小指の先でもさわらない様にいくえいくえにもおしつつんで心のすみの方につくねて居た。
 千世子がさっき不きげんな様子をしてから源さんの様子はよっぽどうちとけて来たのを知った千世子は何だか源さんのためにわざわざ自分が怒った様な、又その時をうまく利用された様なだしぬかれた気持になった。間もなく千世子は今源さんがどんな事を思って居るかと云う事まで知った。
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「自分でたくらんだ事を自分でぶちこわして居る」
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 千世子は自分を鼻の先でせせら笑った。
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「マいいさ、成ったことだどうせ」
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 こんな事も思った。
 三人は他愛もない事を話合いあたり前の人の笑う事を笑って妙華園に行った。三人は小さい束を作ってもらおうとあっちをさがしたりこっちをさがしたりして居た。
 世間知らずの様ななりをして居るくせにすれた眼と心をもつ男達は千世子の事をいろんな風にとった。千世子は、白い服(うわっぱり)をきて自分のたのんだ花を作って居る十九位の男の手の甲にある黒子を見ながら男の姉の云って居る事をきいて居た。
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「いくつ位だろう?」
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と三つも四つも上の年を大抵の男は云って居た。
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「らいてうさんの御けらいだヨキット」
「違うよ、先にあの雑誌に出てた写真にあんなかっこうした人は居なかったよ」
「だってあんな頭してるよ、その年にしちゃあ着物の模様が大きいネエ、何だか分らないナ」
「いずれ女にゃあ違いなかろう」
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 その人達は千世子にきこえないつもりでそんな事を云い合って崩れる様に笑った。水ごけをつけて居た人は一寸かおを上げて千世子の頭越しに群れの人達と笑い合って居た。西洋紙を上にかぶせて千世子に渡した。
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「源さんもHさんも、いらっしゃい」
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 白いのどをふくらませる様に向うの水草を見て居る二人をよんだ。
 千世子は、中から三本こまっかい花をぬいた。Hさんは衿に、千世子はリボンの間に、源さんはもてあました様に人さし指と拇指でクルクル廻して居るのを、
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「あんたはさすとこがないからここへしまっときなさいネ」
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 せまい袖口からたもとの中におっことしてやった。三人はあかるい顔をしてあっちこっちと歩き廻ったけれ共、時候のせいでどこに行ってもすきだらけだった。
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「もう五時に近いぐらいですよ。行きましょう、貴方は又かぜを引くんだ、そいでなけりゃあ今夜ねられないかどっちかになってしまう」
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 Hさんは千世子のずったショールをなおしてやりながら云った。
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「ほんとサ、ネ、千世ちゃん帰ろう」
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 源さんはいかにももっともらしく千世子をいたわる様に云うのが千世子には何とか云ってやりたいほどおかしくきこえた。けれ共せっかく丸くなった気分を下らない事でぶちこわすでもないと思って奥の臼歯でかみくだいてそのまんまのんでしまった。
 三人は山の手電車にのった。

        (八)[#「(八)」は縦中横]

 源さんはやたらにはしゃいでいやがるHさんをつかまえて指角力なんかして居る中に、千世子は瞳を定めて段々とくらくなって行く外を見ながら、
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「ほんとうに男って云うものは簡単な事で安心したり気を
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