味のある様な様子をして居るのが源さんに気に入らなかった。
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「何故そんな風にして歩くのみっともないじゃないの?」
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源さんはいまいましいと云う様に云った。
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「こうやって歩きたいから……ただそれ丈よ、――たまにこんな所に来た時は自由なあけっぱなしの気持で居るんが好いんですワ」
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源さんに返事をしながらHを見て心は囲りの景色にうばわれて居た。一足早めて源さんは二人の先に立った。
そして二人のする話をもれなく聞こう聞こうとしながら又今日ばかり馬鹿に意地の悪い千世子にそのけぶりをさぐられまいさぐられまいとあせるととのわない身ぶりに却って心持を見すかされて居た。
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「ネエHさん、人間なんて妙な感情をもつ動物じゃありませんか。その人達の思ってもしない事を自分一人で思ってる様に考えたり、それであくせくしたり気をもんだりネ、でもそんな事は女が多いでしょうネエ、男でもありましょうか」
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千世子は斯う云いながらHのせなかについて居た葉を小指でつっつきおとした。
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「そりゃあ人間なら男にだって女にだって有る事でさあネ、それに又、世の中が段々複雑になって行くとある程度までそれも必要になって来るんだからしようがありませんネ」
「いやな事ですわネエ、私なんか自分ではキットそんな心をもってないと思ってます、だから私はやきもちやきじゃあありませんわ」
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千世子は源さんに見せつけてやりたい様なHが何とか思わせぶりな事でも云えばいいになんかとさえ思って居た。丸木橋の杉の森の遠くに見える川の上に立った時千世子は夢を見る様な目つきをして、「マア……」と云ったっきり今にもそこに座りそうな様子をした。何とも云えない快活な自然の景色は見て居ると段々体がとけ込みそうになるほど広く広く遠く遠く少し水蒸気のあるうす青い空には美くしいまぼろしと自然の音律を作ってする呼吸とがみちて居た。遠くに見える杉森は頭の下るほどに尊げに足元の水はかすかな白い泡沫と小さい木の葉をのせて岸の小石にささやきながらその面には一ぱいの微笑をたたえて歩いて行く。
あまり美くしい景色に会うとほんの二三秒は気が遠くなる様に目にも心にも何にもうつらないまっしろになって息づまる様な事が千世子にはよくある様に今日もなって、川の上に居ると云う事もせまい橋に立って居ると云う事も忘れてさそわれる様に一二足のりだした。Hは袂の先をにぎって居た。千世子は自分の体が段々と空に上って行く様に思われるほど愉快だった。
自然と云うものを千世子が抱けるものだったら、しっかりと抱えて、千世子が自分で可愛がって居るまっしろなフックリした胸にあとのつくほどだきしめてそのまんま感謝しながら窒息してしまいそうに、又そうして見たくさえ思われた。
Hは千世子の肩をかるく押して歩き出した。
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「別れともないナアこちの人」
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千世子は甘ったるい声で云って橋の方をふりっかえって手をのばした。Hは別に意味もなくそのひらいた手に枯葉をにぎらせた。
夢を見る様にウットリと心がうき出して居る様な目をして居た千世子は、急にさめた様に目を輝かせて立ちどまった。涙がこぼれそうにまでにじんで来た。
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「あんまりひどいじゃありませんか、あんな気持になって居るのにこんな見っともないものをにぎらせなくったっていいじゃあありませんか、すぐわきにソレこんな白い花だってあるじゃあありませんか、ほんとうにひどい方だ、こんなに私をいじめないだってようござんすワ」
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だまって居られなくなって千世子は大きな声で云った。「この見っともない葉ののこぎりの様な線が私のあんなきれいな香り高い絵巻を破いてしまったんだ! 早く土になってしまって居ればこんな事にはならないんじゃあないか」
千世子はその葉をやけにやぶいて下駄で土の中にのめりこむまでふみにじった。
だまって見て居たHはようやく千世子の怒ったわけがわかった。
源さんはHのわきに立って我ままな女王がおつきをいじめちらす様な澄んだ青いかおをして足元をみつめて居る千世子の様子をきづかわしそうに眺めた。三人とも一言も口をきかなかった。そのだんまりの中に神経ばかりが魔物の様にすばやくお互の間を走り廻って居た。
だれが歩き出すともなく三人は歩き出した。
源さんはHをようやっとつかまえたと云う様につづけざまに何かしゃべり出した。
千世子の腹立たしさは中々とけなかったけれ共二人の話には気をとられて居た。
Hは、千世子の先にきかされた事のある落し話でな
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