分の家へかけ落ちするなんて……とうていそんな気持になれるもんじゃあありませんわ」
[#ここで字下げ終わり]
まじめくさったおどけた返事に三人は大きな響をたてて笑った。
かたまりになって大声にはなして行くんで客待ちの車夫なんかは千世子のかおをすかし見たっきり、
[#ここから1字下げ]
「いかがでございます御易くまいります、ヘエ団子坂まで……」
[#ここで字下げ終わり]
いやにピョロピョロする千世子の大きらいな様子を見せられないですんだ。
[#ここから1字下げ]
「よっぱらってるとでも思ってるんだ、奴っ!」
[#ここで字下げ終わり]
源さんはこんな事を云って石をけりつけた。
足音がするとすぐ、
[#ここから1字下げ]
「寒かなかったかい案じてたんだよ」
[#ここで字下げ終わり]
母親はいかにもしんみりした親しみのある声で云った。
[#ここから1字下げ]
「有難う、今日は随分面白うござんしたワ、すこしつかれたけれ共――」
「そりゃあよかったネ、も一枚着物を持たせてやりゃあよかったのにってねえ、あとで云ってたんだよ」
「そう、――そんなじゃあありませんでしたワ、とっとっと歩いて来たんですもの。でも裾をうすくしたかもしれませんねえ、この着物そりゃあ歩きいいんですのネ」
[#ここで字下げ終わり]
千世子は頬を赤くしながら母親のかおを見て云った。
御飯後三人は母親を中央に据えて今日のいろんな事を話してきかせた。話の中途にHは用のあるようなかおをして西洋間に行ってしまった。
西洋間の皮張りの長椅子によっかかって、目の下にくらいかげをつくってHはうたたねをして居た。
フカフカするカアペッツの上をしのび足して千世子はすぐわきの椅子に腰かけて、ほんとうにつかれたらしくHの目をつぶって居る様子を見た。
[#ここから1字下げ]
「まつげがきれいだ事」
[#ここで字下げ終わり]
こんな事を千世子は思って居た。
千世子は瓦斯を消してスタンドのうす赤い光線をHのかおをよける様にして置いた。すぐその下で本をよんで居たけれ共フット、
[#ここから1字下げ]
「こんな事をして何だか私がHをまるで恋して居る様だ! そいでも何かまうもんか、他人のために善くしてあげる事だもの」
[#ここで字下げ終わり]
そのまんまそうっと室を出て茶の間の二人の仲間に入ってしゃべった。
時々、
[#
前へ
次へ
全96ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング