もんだりする事が出来るんだ。女は若し自分が片思いにしても思って居る男が外の女と好きそうな様子をして、たった一度位にらみ合いをしたったって、必[#「必」に「(ママ)」の注記]してそんな事に安心させられるほどのんきな気持をもって居るものじゃあありゃしない。よけいにいろんなこまっかい観察をするんだけれ共」
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 思うはずじゃあなかったんだけれ共いつの間にか思って居た。
 源さんは何だかやたらにうれしかった、すっかり安心したと云うのではなくっても心が軽くなった様に大きい声で話しがして見たい様な気持で居た。
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「四国から九州を御へん路して歩きとうござんすねえ」
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 電車がすいて居たんで千世子ははばからない声で云った。
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「随分思いきった……つれてってあげましょうか、私じゃあいや?」
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 Hさんは斯んな事を源さんとぶつかりっこしながら云った。
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「いやじゃあありませんけど……この上なしというほどじゃあありませんわ、貴方今までそんな事思った事ない?」
「思わない事もありゃあしませんサ、でもたった一人ぽつねんと行くのもいかがなもんですからネ」
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 その時Hの瞳が小供の様に澄んでかがやいて居た、人なつっこい様な輝きに千世子の心の一片方はまぶしそうにパチパチとまばたきをした。
 そしてHに向う自分の心の眼がくもって居る様な、又何かをおっかぶされて居るんじゃああるまいかと思われた。
 田端に下りるとすぐ千世子は、「何だかうすら寒いようですわネエ」と云ってショールを一つ余計に巻きつけた。Hと源さんとの間にはさまって両うでにつかまりながらくらい陰気くさい道を恐ろしい事に出合う前の様なおじた気持ですかし見ながらたどって行った。
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「こんな道でもいざとなりゃなんともないんでしょうねエ、キット」
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 切りわりの道に声をひびかせて千世子は云った。
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「いざっていうっていうのは?」
「マア例えばおっかけられた時とかかけおちの時」
「オヤオヤ偉い事を云い出したもんだ、それじゃあ今もかけ落ちしてると思ってたらこわくはないでしょう?」
「三人のかけ落ちってどこにありますの、それで又自
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