不愉快にさせたんじゃないか!」
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目黒につくと千世子は一番先に降りたHに外国の貴女《レディー》の様にたすけられて気取った様子をして下りてHをまんなかにして歩き出した。三人はだれでもが行く不動さんの方に向いて居た。少しの間歩くと源さんは一寸後をすりぬけて千世子の傍にぴったりとついて歩いた。青っぱなをたらした子供やひねっこびれた小守達は千世子が油気のない髪を耳の両わきでとめてダアリアの様にリボンを結んで居るのや、うす色の絹糸をあんだ長いショールを長くひざの下まで合わせもしないで流した様子や男達と足をそろえて大股にシュッシュッと歩くのを妙な目をして見送って行きすぎると低い声でねたみ半分の悪口を云った。
三人は話をしないで歩いた。けれ共千世子の目の中には絶えず笑がさしこんで居た。不動さんへのまがりっかどに来た時Hは向うから来た夫婦づれを見て、
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「いい気で居らあ、ちっとのろいナ」
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と云った。
まだ若い旦那さんが奥さんの洋傘をうでにひっかけて笑いながら歩いて来る。奥さんは鼻の先ばっかり白い、髪を不器用につかねた、草履でほこりをあげあげする、白っぽい縫の半衿が馬鹿に形につり合って居ない、頭のなさそうな女だった。これだけをすぐ見た千世子は鼻声でこんな事を云った。
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「そんな事は必[#「必」に「(ママ)」の注記]して云うもんじゃあありませんわ、いかにも独身者《ひとりもの》らしい言葉じゃありませんの」
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あの高い段々を登る時はいつものくせで(千世子は小供の時から父や何かと歩いてもきっと相手のうでに自分のうでをからみつけるくせがあった)Hと源さんのうでに両うでをひっかけてひきずりあげられる様にしてらくに上った。うすっくらい拝殿の中にまだ若い僧のねそべって居たのが千世子の大きな笑い声にとび起きて赤いかおをしたのが気の毒の様にも又馬鹿馬鹿しい様にも思えた。
一廻りして下に下りた。千世子は何にもわだかまりのない様なカラッとしたかおっつきをして四方のものをすばしっこくながめ廻した。ほんとうを云えば斯うやって歩いて居ると云うよりもあんなひがんだ心持で自分の心を一寸の間でも不愉快にさせた源さんにかたきうちをしてやるのがうれしかった。三人は広っぱを小さく一っかたまりになって
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