い考えをもって居たと思ったら……ほんとうに何ですよ――」
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Hは、
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「それで幸福だったら私はよろこんでましょう、けれ共そうじゃないんですの、――横がみやぶりであんたやって来たって事ですもの。会う人ごとに白い眼でばかり見られる、そんな事を今までされた事はない女でしたもの大した苦痛なんです。今になってよく母親なんかのところに不愉快な気持を書いてよこすそうですが――暗い穴の中に出られないほど落ちてしまってそこで涙をながしてもがいてる様にもうどうにもならない事になってしまったんですからねえ、……それに思いがけなく今日会ったんです。おが[#「おが」に「(ママ)」の注記]った身なりをして居ながら死人の様な顔をしてネエ」
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Hは低くはなしながら部屋の中をうなだれて歩いて居る。
千世子は涙をぼろぼろこぼしながら、
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「マア何ていやな人なんでしょう、私が若し貴方だったらどんなにほんとに呪ってやるかわかりゃしない、どうしてそんな人が生きて居られるんでしょうねえ……」
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と自分の事の様に云って真赤な顔になった。
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「ほんとうにねえ、世の中にはよくある事だけれ共貴方にそんな事が有ろうとはほんとに思いがけませんでしたよ、それで貴方は今まで独りでいらっしゃるんでしょう? でも見かえす様な人を御もらいなさいよ……」
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母親はそんなに大して驚いた様でもなく又とびぬけた同情もない様な様子であった。そうした様子はその年のさせる事でもあるし、そう云う事のあった人の心理なんかはそんな事をあまり見もしず、まして経験などのあろう筈のない母親にははっきりとは分らなかった。
千世子は「女」と一言云った時には情にもろい中にもつんとした力のある生涯の事を約束したりして若しそれが成功しなかったら死ぬまで独りで居る様な信じられる考えのある女ばかりであって欲しいといつでも思って居た。独りで死ぬまで居られないんなら――そいだけ強いところがないんなら、お七の様に何にも考えずに只自分と男だけの世の中にしてしまう事の出来るほど情だけの女の方がまだ好い千世子のすきな女であった。
金のまばゆさに目のくらんだ女。病気で死ぬか生きるかに苦しんで居る男をこの時こそと云
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