う様にすてて行った女。
 斯う思うと、憎しみ、怒りのかたまりになってそのまだ見た事もない女の顔はとてつもないきたないものになって目の先にちらついた。
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「にくらしい人ですねえ、何てまあ……、私と同じ女と云うもんの中にそんな人のあるのを思うと私はどうしていいかわからないほどになっちゃいますワ、ほんとうに……」
「何にもお前に関係のある事じゃあないじゃないか」
「そうには違いないけど阿母さんそうお思いなさらない?」
「ほんとうにどんな血とどんな脳髄をもって居るんでしょう、犬だって猫だって食べない肉をもってるんでしょう」
「いけませんでしたネエ、貴方のいらっしゃるところでするべき話じゃあなかったんですけど、つい……」
「は、一寸感じるとこうすぐ変になっちまうんですから……」
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 あんまり亢奮した千世子は二人の話して居る事をぼんやりと遠くの方にきいて居た。
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「あんた、ほんとうに可哀そうな方ねえ、どうしてそんななんでしょう、あなたがさっきおっしゃった事大変気に入っちゃったんです、きのうより倍もすきな方になってしまった」
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 千世子ははれぼったい顔をしながら云った。
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「同情して下さるんですか。ほんとうにありがとう。でもどうぞあんまり亢奮しないで下さい、こな事はつまるところ私の馬鹿だったお坊っちゃんだった証拠なんですし又こんな目に会うほど私はしょうどなしでもありませんから……」
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 悲しいあきらめがさせる様にHは苦しい笑い方をした。
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「ねえ奥さん、あたり前の男なら私位の年にもなって女なんかにすてられたりすればすぐ忘れられるし又それを再びするほどすれた人が多いでしょう? けれ共、どうしても私にはそれが出来ないんです、私は女と云うものを始めてのぞいた時に一番みっともない、めったにないほどのみっともなさを見せてくれたんですもの」
「その方が尊いんですよ。この女にすてられればこっちの女、こっちの女がだめならあっち――そんなにすさんでしまう人だってありますもの――男なんてまして女ほどそういう事に対しての刑罰は重くないんですものねえ。貴方がそれをすっかり忘れてしまって、皆の安心する様に結婚でもなさりゃあなおようござんさね。そんな
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