事が一度位あるのもやたらに女にだまされない様になりますからねえ」
「私が若し一緒になる人なら、私がどうしても欲しいと思う様な人があった時のはなしです、それまで私は独りで書生の生活をして居る方がいいんです」
「でも若い人同志がお互にいいと思いあっても間違いがありやすうござんすものねえ、何にでも感情が先立つ頃なんだから……」
「それでも二人ともが真面目で、それこそ手なべさげてもと云うほどだったらその方がどんなにかお互に幸福でしょう」
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 千世子はフイと横槍を入れて二人の顔を見くらべた。
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「でもサ、世の中が進むと何から何まで妙に進んでしまうんだネ。私達の娘の時代は母親と議論をする事なんかは思いもよらない事だったんだけど、どうもお前はあぶなっかしい人間だよ、たしかに」
「あぶなっかしいってどんな? ねえ貴方、そんなに私はあぶなっかしい猪武者なんでしょうか――」
「お阿母さんは案じていらっしゃるんですよ、貴方とお母さんの感情はまるであべこべですものだから時々お互にわからない事が出来る様になるんでしょう」
「そうでしょうかネエ」
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 千世子はだまって焔を見て居たがいきなり、
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「マアきれいじゃありませんか、ほんとうに」
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と叫んだ。
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「何が?」
「焔が、――まあなんてきれいに燃えてるんでしょう、何かまっかな着物を着たものが出て来そうだ」
「貴方、マアこうなんですよ、そんな事を感じて居るのは無駄な事だ、只神経を費すばかりだといくら云ってもやめないんですから、それで又思ってもだまって居ればいいのに、ヒョイと顔を出すんですからほんとにサ」
「そんなに云わずといいじゃありませんか、今日にかぎって。だれでも私みたいに御金の事も着物の事も考えずに居れば斯う云う好い気持になれるんですよ、私の方が妙なんだか世の中の人が妙なんだかわけがわかりゃしない」
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 千世子はかんしゃくを起して大きな声で云った。
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「そんな事を云うもんじゃありませんよ、案じていらっしゃるんだから……」
「エエそりゃあ分ってますの、けれども人よりもよけいに嬉しかったりきれいだったりするのに心配はいらない事でしょう……」
「そう云うもんじゃあ
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