りませんよ。親と云うものは、自分の子供がうれしがって居れば嬉しがりすぎはしまいかと案じる――あんまり綺麗だと云えば綺麗がりすぎはしないかと案じるんですから。聞くだけでも感謝してきかなくっちゃいけますまい、私なんか親に心配された事なんか夢にも有りゃしない、不幸なんです」
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 Hは千世子の味方をしながら又母親の気もそこねまいとして斯う云った。千世子はその気のわからないほどふぬけでもないから、
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「ええ……エ」
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とあいまいな返事にごまかしてしまったけれ共Hのものなれた言葉つきや割合に自分の気持も解して呉れると云う事がさっきの事と一緒に千世子には大変に気持よくうれしく思う事であった。そして自分でそうと斯う思って居た。
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「私はやっぱり若いんだ。Hがあんな事を云ったって三十位にもなって居ればただいいかげんに何か感じないんだろうけれ共、世間になれた様なふりをしてたってやっぱり世間知らずらしい」
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 千世子は母親のだまって居るのを一人でひきうけた様にいろいろHに質問をした。Hはひくいしまった声でさとす様に云った。
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「そんな事はいいかげんに考えて置くがいいんです。世の中のそう云う事は皆いいかげんに考えて居る方がいいんです、いいかげんにかんがえた事がすこしうまく行けばほんとうに近い考えになるんで目に見えない事、考えても一寸わからない事はいいかげんになすくって置かなくっちゃあ人間みたいなものは生きて居られなくなってしまいますよ」
「いいかげんに考えるって云う事は私大きらいな事です。一生懸命に考えたり、人にきいたりすれば幾分か満足に近い考えが出来て来るんですもの、そんなうれしさは中々それこそほんとうに――」
「そうかもしれませんけどあんまり考えてわからない時は山の中に入ってしまいたかったり、華厳の滝から招待状が来たりネエ。そうじゃありませんか貴方ぐらいの年の人はもっとのんきらしくして居て好いんです、頭ばっかりの人間になってしまいますよ」
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 Hは千世子にそんな事を考えて居るのはあんまりこのましい事じゃあなかった。こんな神経質な感情的な女がそう云う哲学的の事を考え込む様になってはその末には好い事のないのを知って居た。其の晩にか
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