て仕様がありませんもんねえ。うれしい事や、それの又反対の事の沢山あるだけ生甲斐がありますワ、どんなにか……」
「お前なんかほんとに苦労をした事がないから悲しい事や辛い事をたえるって事があくびをするのと同じにポカポカ出来ると思って居るのさ。いざとなってそれに向って見ればよっぽど意志の強い理性的な頭をもった人でなければたえられるものじゃあないよ、お前なんかそんな事に出会うとすぐに気でも違ってしまうのがせいぜいだ」
「ほんとうにその通りですネ、
私なんか随分子供の時から悲しい事なんかにはなれて居るけれ共やっぱり頭のねれて居ない証拠には下らない事でむしゃくしゃにされる事があるんですからねえ。
自分にあんまり苦労ばっかり多いからクリスチャンにもなったほどですもの――『世の中は苦労のかたまり――それがあるからいい事もある』と悟って居ながら、なまはんかな悟りはすぐ破れちまいます」
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Hはわざとらしい笑をかたい口元にうかべた。
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「云っていい事ならおっしゃいナ、かなり私達にはいろんな事をうちあけて下すったんだからネ」
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母親はまだ年が若くって苦労の多いこの人をいたわる様に云う。
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「そうですネエ、聞いていただきましょうか、でも奥さんなんかはあまり御すきじゃあないことなんですもの」
「かまいませんよおっしゃいナ、貴方より一寸は年上なんだしするから年寄らしい御同情も出来るかもしれませんもの」
「エエ有難う、じゃ聞いて下さい。アノーマアこうなんです、私に、自分で何だか変な様ですが五年もの間約束して居た女《ヒト》があったんです。それがおととしでしたっけか私があの病気になって病院に入った間に今までの事を忘れた様に一言の云いわけどころか『どうだ』とも云わずによそに嫁ってしまったんです。それもネエ、そうじゃありませんか奥さん、どうにもならない事情でならだれがどう云うもんですか私はキット自分からすすめてやったに違いないんです、嫁っても幸福だと思ったら――。それだのに自分がはでに金ぴかにその一生を送りたいばっかりに親達のとめるのをきかず忠告をきかずに或る金持のところに行ったんです。嫁に行った嫁かないは別問題として五年もの間、かなり長い時でしょう、その間私が心から信じて居た女が、貴方そんなきたない浅っぽ
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