らないで白い足袋のつまさきで小石をけとばしたり、Hのかるそうな洋服すがたと源さんのマントを着た大きな影をちょいちょい見くらべたりなんかして歩いた。
割合に山の手はすいて居たけれども真向いに居る一人は二十五六の、も一人は二十位の女が悪ずれした目つきをして二人の間にはさまれてツンとして居る千世子の風の変った髪やじみはでな着物の着こなし方なんかをわざわざきこえる様に批評するのが気にさわってたまらなかった。千世子は「何がたか……」と思い上った様な目つきをしていかにも矢場女らしい鼻ぴくなかっちまりのない顔をジーッと見つめた。
向うの女も始めは、
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「何だ! 生意気な世間知らずのくせに!」
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と云った様に見返して居たけれ共、千世子の神経的な目を見つめて居られなくなってフッとわきを向いてつれと顔を見合わせた。千世子は勝ちほこった様にうす笑いをして肩をゆすった。
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「どうしたの? かんしゃくを起した様な」
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Hは源さんとして居た話をやめて千世子にきいた。
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「かんしゃくを起した? ――なんでもありゃしない、こんな好い日なんですもの」
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千世子はうれしそうな笑い方をしてHのかおをしげしげと始めて会った人の様にして見た。袖を内ショ話をする時の様にHがひっぱった。その時の気分で千世子は濃い甘ったるい様な、うそにしてもそうした言葉をHの丸い声で云って貰いたかった。内気な小娘のする様に千世子は首をかしげた。
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「一寸! 前に立って居る男を!」
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すばしっこい目つきをして前に立ちはだかって居る男を見上げた。
荒い縞の背広を着てあくどい色のネクタイをいかにもとっつけた調子に結んで居た。
ニキビの一っぱい出た油ぎってニチャニチャする様な二十五六の男だった。
上から三つ目の貝ボタンの根にきりきりといたいたしく女の髪が巻きついて居た。
そのわきに話して居るまだ十七八の小僧にさえ千世子は眉をぴりッと動かして、落ちついた眼色でいかにも下等らしく見える男をにらんだ。いつまで立っても二人の男は何か意味のありそうな下びた笑いをやめなかった。
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「何て見っともないんだろう」
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