「いやんなっちまう、せっかく行こうと思えば」
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うらめしそうにその字をにらみながら千世子は迷った様な様子をして立って居た。
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「止めよう、こんな気持で行ったって何が出来るんだ」
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なげつけた様に云って又西洋間にもどった。歩きながら、
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「阿母さんが、『お前はいくじなしだよ、ほんとうに一寸も我まんがない』っておっしゃるだろう」
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こんな事を思って妙な笑い方をした。
Hのわきに腰をかけて何のわだかまりもない様にスースーと引けて行く線を一日中見て居た。出がけに父親が、
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「人間は頭だって……しっかりせんけりゃあいけない、体を大切にするんだよ」
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と云いながら千世子の頭をかかえた事がいつもの事でありながら千世子にはやたらに思い出された。
何となく気弱な様な自分の心を引きたたせ様引きたたせ様と千世子は骨を折った。
その日は話のたねのつきた様に目黒行の事ばっかり云って居た。
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「又いかないんかい、いけないじゃあないか」
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と云おうとした母親は千世子の眼が感情のおだやかでない時に起る一種わけもわからないするどい光りをもって居るのを見て、早くねろ早くねろと暮れ方からすすめて居た。
(七)[#「(七)」は縦中横]
日曜日はかなりの天気で千世子は健康らしいかお色をして居た。
千世子は何をするんでも三人と云うかずはすきでなかった。二人がはなしをすれば一人がぽかんとして居なければならないキットすきが出来る。そんな事を思って居る千世子は今日三人で行くと云う事もあんまりこのましくなかった。
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「誰かも一人行く人はないだろうか、若し場所をかえてならという人があれば少し位のところならかえても好いから四人になりたい」
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とまで云った居た。それだけ千世子は大好きなものずくめななりをして出かけた。田端の停車場に行く間幾度も幾度も空を見上げてHは、
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「いい日ですネエ、歩くのにつり合ってますネエ」
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といかにも気に入ったらしい口つきで云って居た。
千世子はいつもほどしゃべ
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