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千世子は身ぶるいが出た。あんまりしなやかな世間知らずの若様の様な口調で云ったHの言葉や態度がかたくなった千世子の心の中にスーッととけ込んで行った。ねむくなる様な気持になって、
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「少し……でも何でもありゃあしないの、二人とも私の居るのを忘れた様にしていらっしゃるからのけものにされて居た様で……」
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つっぷしたまんま右の眼のすみでHをみながら千世子は云った。
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「何だろう、まるで赤坊の様な事を云ってるネ。さっき、『吾袖の記』を話していたらつい、貞操と云う事になっちゃってねエ、ほんとうにお前なんか忘れたんだよ」
「そう、でも今日はそんな話するより何か美味しいお菓子でもたべた方がいい」
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千世子はケロンとしたかおで云った。三人のまだ笑いのとまらないうち、
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「山田の源さまがいらっしゃいました」
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女中がとりついで来るとすぐそのあとから千世子がいつでも「育ちすぎたんだ」と云うほど大きな商科に入ってる従兄が入って来た。
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「ヤア」
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二人は男のだれでもがする様にかけ声をかけあってわけのわからない笑いがおをしあった。Hはしばらくはなしてから又製図台に向った。
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「随分御不沙汰ですネエ、学校がいそがしかったんですか」
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母がきく。
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「エエ論文の材料を集めてたんで今年になってから始めてですネエ」
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源さんはいつもの君子の様なおっとりした調子で云った。
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「何の論文?」
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千世子は少し馬鹿にしたらしく唇をぴりぴりふるわせながら云った。
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「何って、貴方には云ったって分りませんよまるで何にもしらないんだから」
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小さな小供に云ってきかす様な口振りがかんしゃく虫をつっついた。
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「そんなに見下さずとようござんすわ、どうせ源さんの書く論文じゃたいていねえ……」
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と云って小鼻をぴョんとひょこつかせた。
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「女らしく
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