。今は斯うやって自分の心をいい悪い又そうでなくっても考える事が出来るけれ共――千世子を私は――
 でも私自分ではそんなに若い心持は持って居ない様に思って居た
 〔以下、原稿用紙一枚分欠〕
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「神様が一寸手いたずらに私と云うものを作ったんじゃああるまいか? それが私の頭の中にこんなやたらに発達した感情や一寸も割合に進まない事なんかがあるんじゃあないんだろうか?
 何にかになれそうに見せかけて置いてポッカリしょいなげを喰わせた様に何でもないものにほかなれない様にして仕舞うんじゃあるまいか?」
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 こんな事をかなり真面目に考えたりした。二人は「吾が袖の記」について話し合って居た。母親のこの頃の文学の批評はあんまりうれしがらない事だったんでHの鉛筆の芸をやって居る白い指の先を見ながら考える事はやめなかった。
「そりゃあ少時《しばらく》の間は羽ばたきもしようし、羽根もためそうさ、さて飛ぶ段になっては――」と云う言葉は「その前夜」のベルセネフの云った事だけれ共、自分を偽って自分を思うまんまにおもちゃにしてたのしむ何かが云って居る事に違いない様にも思われる。
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「何どんな事があっても勝手になんかされるもんか」
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と云う反向[#「向」に「(ママ)」の注記]の心がパッともえるすぐあとから小っぽけな人間のはかない反向[#「向」に「(ママ)」の注記]、はかない努力、死にかかった虫を針の先でつついてはそれに刺撃させられてかすかに身をもがいたり鳴いたりするのを見てよろこぶ様にその通りな事を人間にしてよろこんで居るものが目に見える様だった。
「こんな日にMでも来て呉れなくっちゃどうしようもなくなってしまう」目をつぶって組んだ手の上に頭をのっけて、
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「阿母さん」
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 つっぷしたまんま千世子はよんだ。二人は千世子の居るのなんか忘れた様に気込んで話して居た。
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「阿母さんてば」
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 小娘の云う様にじれて千世子は呼んだ。
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「どうしたんだエ、又かい」
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 Hと一緒に立ち上って千世子のそばによった。
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「又? どうしたの? あんまり生暖かいからでしょう」
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