生えて来そうな気持じゃありませんか、飛行器にのったらいいでしょうネエどんなにか」
「いい気持ですけど斯うやって見上げてるのはもういやですワ、貴方の声でも何でもが頭の上におっこって来る様な気がするから……」
「又くせが出ましたネエ、でもまあそいじゃあっちから御入んなさい、そしても少しはなしましょう、母さんもさそって御あげなさいね」
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 千世子は合点を一つして縁側から上った。
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「阿母さん、Hさんのところに行って話しましょうよ、貴方にもいらっしゃいって」
「そうかい、でも私はこれをしなくっちゃあならないからネエ、後で行きますってそお云い」
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 阿母さんは手にもった小布をふって見せた。何をして居るんだかわからなかったけれ共、
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「じゃネ、あとで……」
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と云って西洋間に行った。あったかい日をうけてかおをポーッとさせながら、長椅子にHはよっかかったまんま目をつぶって居た。いきなり大声ではなしかけ様とした千世子は一寸どまついて口をもぐつかせてそのそばに腰をかけた。
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「綺麗なかお色をしてる」
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 千世子はすぐそう思うと一緒に自分もより以上きれいに違いないと思って悪がしこい笑い方をすばしっこくして一寸羽織の行をひっぱった。
 Hの目を覚まして居るのをさとって居る千世子は、つんとすましたゆるみのない顔をして細っかいでこぼこのある紙の面が複雑な美くしさにてって居るのを見ながらしずかな自分の耳なりに気をとられて居た。
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「何故こんな事を始めた?」
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ときかれたら返事の自分でも出来ない様なつっつかれた気持でHはほんとうに眠った様にまつげを一本もゆるがせないで今につり合わない事を思って居た。
「何故私は千世子の笑って居る時にはいつでも笑って居るんだろう。千世子が気むずかしくて居る時は私までいつの間にか重い気持になって居る――どんな時にでも思い出してもふるえる様に腹立たしさと悲しさをあたえたのも女だと云う事を忘れずに居なくっちゃあならない。
 私はただ一人のあたり前の娘として千世子を見て居なくっちゃあならないけれ共一日一日と立つにつれて千世子を私からはなして置きたくないものになって来た
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