うたいおわるとすぐまどから首を出してそとを見た。木蓮の木の下に小形の籐椅子をおいてひざの上に本をひらいて千世子は座って居た。
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「千世子さあーん」
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 Hはパッと開いた花の色の様な声でよんだ。フッとこっちを見て千世子は白い歯を光らせながら自分の身丈よりよっぽど高いまどの下に立った。
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「どうして? もう好い」
「エエ、好いことは好いけど貴方は一つ家に住んで居ながらろくに顔も出さないで……女王はおこっておいでになります」
「どうーぞお許しあそばして女王! それはそうと今日は好い日じゃあありませんか、暖くってしずかで、そう思いましょう?」
「好い日ですワ、ほんとうに、でもこんな日には只はずんだ様な気持になるばっかりで、考えるなんて事は一つも出来ないお天気です……」
「ようやっと今日起きた人がそんなに考える必要もないでしょう……それに又考えたって」
「もうその先はわかってますから――」「貴方は考える事のすきでない口ばっかりの女が御すきだと見える」
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 人の悪い笑い方をしながら千世子は云った。手をのばして千世子はまどのふちに指をひっかけ、Hはのり出して上から見下して話して居る自分達の様子に千世子は芝居のある場面を思い出して居た。
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「めったに庭に出ない人が今日はどうしたの?」
「何故って一々そんな事に説明をつけてる人なんかめったにありゃあしませんわ」
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 千世子はすぐそれにつづけて、
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「でも気になるんなら云ってあげましょうか?――少し妙だ!」
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と笑うかん高な声が遠くの方にひびいて行った。
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「そんなに云わずといいじゃありませんか、何心なく云った事を――」
「そいじゃもう云いません。今日どっかへ行らっしゃらない? 歩るくに丁度好い暖さで気もかるいし!」
「まだかるはずみですよあんまり、今日とあした位はしずかにして居なくっちゃいけません、臭剥はまだのんでましょう」
「イイエ、悪い時だけなんです、あんまりつづけるとくせになってきかなくなっちゃいますもの。じゃ、今日はおとなしくしてましょう、でも何だか出て見とうござんすわね」
「いい気持ですネエ、ほんとうに、背中からコー羽根が
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