ないよ!」
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 号令をかける様に母親は注意した。
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「Hさんも、そんなになさらずといいでしょう、少し御仲間入りなさいよ!」
「そうですワ、皆がかおを見合わせて居るのに一人背中を向けた人が居るって云うのは、白粉のむらについたのよりいやなもんですわ」
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 千世子は合槌をうった。
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「大変きどった云い様をしましたネエ、そいじゃあそっちを向きましょう」
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 Hはつま先で椅子を廻してこっちを向いて、源さんの顔とHさんのかおが並んだ。
 だまってHのかるく動く口元を見て居た瞳を源さんの五分がり頭にうつそうとした時源さんがさっきっから自分を見つめて居たのを知った。すきをねらわれた様な馬鹿にされた様な気になって奥歯のすみに息をためた。そして見すかした凝視を源さんの瞳の中になげつけた。
 源さんはすぐ横を向いた。勝ちほこった心になりながら大切なものを守る様にソーッとHの白い額を見て居た。
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「いつもになくだんまり虫だネエ」
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 ひやかす様に云う母親のかおを一寸見て、千世子はかたをゆすぶって「フフフ」と笑った。
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「ネエ、千世ちゃん、お正月早々病気だったんだってネエ、まだ学校には出ない? もういいの?」
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 話す折がなくって居た源さんは「ネエ」にやたらに力を入れて話しかけた。
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「そうなの、ついこないだから起きてるんです、もう一二日したら出ましょう」
「大切にしなくっちゃあネ……この次の日曜には目黒あたりに行って見よう、いいでしょう?」
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 源さんは無闇とうれしい事でもある様に例にないはずんだ声で云った。
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「でも又あの人達も行くんでしょう?」
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 一緒に連れて行かなくっちゃならない弟達のめんどうくささを思って眉をひそめながら千世子は云った。
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「又始まった、いやなら行かなけりゃいいさ、いつでもあれだ我ままものだネエ」
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 母親はひったくる様に斯う云ってHと源さんに賛成をもとめる様に目をやったけれ共、二人ともよそを見てたもんでしまつのわるくなった
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