)」は縦中横]

 寝間着を着て床に入りは入っても枕の羽根がかたまってごつごつして居たり、毛布がずったりして千世子は落ついた気持になる事が出来なかった。寝なくっちゃあならないと思って眼を閉じるとうすいまぶたをすかして五色の光りものが目先をとんで廻った。耳なりがするそうぞうしい音の中にヘッダの科白が浦路の声でひびいて来ると思えば鴈次郎の紙治のまつわる様なこえがひびいて来る。今日までよんだ本の中で良いと思って居たところがキレギレにうかんで来る。
 千世子の頭中にたまって居る不平やら疑問やらがぬけ出して来てゾロリっとならんで一つ一つが、
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「ヘッヘッいかさま……」
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と云ってひっこんで行ったり、もうどうしていいかわからなくなって来た。ムックリと床の中に起き上って手をのばしてテーブルの上に置いてあるひやっこいお茶をのんだ。
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「まるで年寄のする事を私はして居る」
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 千世子は自分で自分を笑うように云ってうす暗い電気の光線で豊からしくふくらんで居る胸やしまったうでを見て笑い声を思わず立てた。うす紫の光線の中に桃色の寝間着を着て白い床の中で髪をおもちゃにして居る自分がふだんの自分より可愛い美しいものの様に思われた。きれいな言葉のつながった歌ともつかず詩ともつかない断片的なものがスルスルスルと出て来た。となりの部屋にねて居る親達に気をかねて小声にそれをくり返しながら枕元の小さい光る時計を見た。不思議な事を思わせる音をたてて世の中の「時」のたつのをおどす様に人間共にしらせて居るのが役目の長針と短針とは短針は四時のところを長針はまんなかをずっーと越して居た。
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「もう一寸立ったら起きてやろう」
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 千世子は独り言を云ってフカフカの羽根枕の中に頬をうずめた。寝間着の胴をくくって居る太いうちひものさきについて居る房を掌の上でさばきながらとほうもない空想にふけった。「まわりはしずかで思う事はたれはばからず思えてふとんは柔にあったかいし」こんな事を千世子は大変にうれしく思って押えきれない笑いがついつい頬にさしこんで来る。
 うれしい時千世子がいつもする様にかるいため息を吐いて胸をそうっと抱えた。時には世間を知りぬいた女の様なさばけた様子をしたり、女王の様に
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