は、一番Hをすきがって居るそいで一番私のすきな事を沢山具えて居る人だ!」
「Hさんはああやって毎日毎日悲しそうな目つきをしてこれからあともひとりぼっちで暮すんかしら……」
[#ここで字下げ終わり]
 こんな事をフイと思ったりした。
[#ここから1字下げ]
「私はHを恋してるんだろうか、若しそうだったら?」
[#ここで字下げ終わり]
 こうも思った。
 そうして千世子はHの来るたんびに千世子自身の心をうたがい始めた。
[#ここから1字下げ]
「ネエ、母さん、母さんはHさんをどう思ってらっしゃる?」
[#ここで字下げ終わり]
 母親の沢山人を見た眼にうつるHはどうかと千世子はきいても、
[#ここから1字下げ]
「酒も煙草ものまず気のねれた人だし苦労もしたし少しとりすました人だけれども人としてはいい人だねえ」
[#ここで字下げ終わり]
と云った。
[#ここから1字下げ]
「体が弱いのが可哀そうだねえ、どうしてあんなだろう、苦労ばっかりしたり、悲しい思いばっかりして居るうちに死んででもしまいそうな人だよほんとうに――」
[#ここで字下げ終わり]
 こんな事ばかり云うので千世子の疑いはますます深くなり、Hを可愛そうだと思う心も育って行った。
[#ここから1字下げ]
「私は不幸な事が起ると知って居ながらやっぱりその方に向いて居るのかしらん、私は運命の神のおもちゃにならなくっちゃあならないのかしらん。
 でもかまわない出来るだけ戦ってまけたらその時の事だ。
 何! 私なんかHを恋して居るもんか。
 それが一番いいんだ!」
[#ここで字下げ終わり]
 口惜しそうな顔をしてこんな事も思った。千世子はHのあらを出来るだけすくいあげて考えた。
[#ここから1字下げ]
「彼の人はあんな癖をもって居る。
 心に余裕のない人だ。
 文学とか美術とか云う事に私ほどの興味をもって居ない人だ」
[#ここで字下げ終わり]
と思うすぐそのあとから、
[#ここから1字下げ]
「それと云うのも若い内の悲しかった事、辛かった事がそう云う人にしてしまったんだ」
[#ここで字下げ終わり]
 そう思った時にはもう同情に変って居た。
[#ここから1字下げ]
「ねえ、私達は仲のいい御友達で居るのが一番いいんですワネエ」
[#ここで字下げ終わり]
 Hに会った時にそう云った事もあった。
[#ここから1字下げ]
「母さん、
前へ 次へ
全96ページ中92ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング