ほんとうにネエ、もう一年ですネ、今年の一年は今までの一年と随分内容が違ってます私にとっては。
第一、ここの御家にこんなに段々親しくしていただく事、阿母さんと貴方とが私の相談相手にもなぐさめて下さる人にもなっていただける、ほんとうにどんなに何だか斯う嬉しいかわかりませんよ。私みたいに独りぼっちで苦労して居なくっちゃあならないものには斯うした御家のあるのがこの上もない事なんですもの……」
「親しくして呉れる人のふえるのってのは誰だってよろこぶもんですワ」
「でも貴方みたいに皆から可愛がられて居る人はそうひどくは感じないでしょう?」
「どっちかと云えばねえ――親しくして呉れる人の三人ふえた時のうれしさより中位にして居た人でもはなれる事はつらさがひどうござんすものねえ。だれでも私のそばに居た人がはなれて行くと云うのは大きらいですワ、ほんとうに……」
「でも貴方はほんとうに幸福な方だ!」
「一寸Hさん、あんた私をもう一年も前っから知ってらっしゃるくせに千世子さんなんて御呼びんなるんですねえ、なぜ?」
「なぜって――貴方私が千世ちゃんなんて呼んだら御怒りになるでしょうキット……」
「始めて会った人なら無論怒るどころかそっちを見てもやりませんワ、でももうようござんすワ、ねえ、千世ちゃんて呼んで御覧なさい、もし変だったら前通り、そいでよかったらそのまんま」
「千世ちゃん――」
「変じゃあありませんわ、却ってその方がようござんすワこれからそうよんで下さる? ねえ」
「エエ千世ちゃん――」
[#ここで字下げ終わり]
Hは千世子の名をよんではジーッと耳をかたむけて居た、千世子も他人の名の様にききすまして居た。
[#ここから1字下げ]
「ねえ、私達は割合に仲よくなりましたねえ」
「そうですか、私はそんなに貴方打ちとけて下さらないと思ってます」
「私はそう云う人なんですよ、大変すきな人でありながら大変きらいな人だったりするんですもの、打ちとけてたって貴方にわからない事だってあるかも知れませんワ」
「私達はこれよりもっと仲よしになれましょうか? 私はたしかになれます」
「私はわかりません、若し私があしたかあさってかに死んでしまったらどうなさる? 仲良しになるもならないもありゃしませんワ。でもじいさんばあさんでさっぱりした御茶のみ友達で居るのも悪かありませんワネエ」
「仲の悪くなる事はありま
前へ
次へ
全96ページ中87ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング