頃のK子の様子が気になって絶えず頭の中を行往[#「行往」に「(ママ)」の注記]して居た。一方には又真面目に自分を思ってて呉れるM子の事なんかもしきりと考えられて居た。
黄な日差しのむずかゆい様な日に午後から来たHは、両親とも留守だったんで千世子と二人で洋館に居た。他愛もない事に笑ったり考えた目つきをして御互の顔を見合ったまんまだまって居たり、ピアノを弾いたり歌をうたったりして居た。
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「子供達もしずかだしいい日ですネエ、落ついて……」
「おだやかですワ、ほんとうにネエ」
「千世子さんあんたにいい事きかせてあげ様……」
「どうぞ」
「こないだの夜貴方が外へ出て居なかった事があったでしょう? ほら、中西屋に行った時ネ、阿母さんが云って御いででしたよ。
『何か貴方御心あたりがありませんか、千世子のなんに――もうこないだも主《アルジ》に云って居たんですがもう約束位して置いたっていいってネエ、忠太さんに会った時もそ云ったんですけど……なるたけ工科の人で少しは文学嗜味のある人ですけどどうでしょう』って。
私まだそんな事しないだっていいでしょうって云ったら『そうじゃあありませんよっ』てネエ、千世子さん……」
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千世子は顔を赤くもしず身うごきもしないであけっぱなしの様に笑いながらきいて居た。Hは話しながら時々声をほそめたり顔を赤くしたりして居るのが千世子には可愛そうな様に思えた。
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「マア、そんな事を云ったんですか、早手廻しな事だ」
「そんな事云ったって一生ミスでも居られますまい」
「サア、居るとも居ないとも云えませんワ、死ぬほど行きたい人があったら行きましょうし……」
「そう? キット?」
「エエきっとそう」
「そいじゃあもし死ぬほどもらいたいと云う人があったら?」
「おやめなさいよ、そんな、昔から幾人の人がつかった言葉だかわかりゃあしないし、又そんな事を云ってると田舎者の厚化粧みたいだから……」
「オヤ貴方そう思ってる?」
「エエ、私そう思ってますわ。
この頃の人間は自分の恋してる女が、
『命にかけて……』
と云った時に、
『お前は幾度そんな事を云った?』
とつきはなす様になりましたもの……」
「…………」
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Hはだまって大きなマドンナの額を見て居た。千世子も知らばっくれた様に
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